4)その他


代謝動態学的側面からみたバルプロ酸徐放剤の安全性 − 単回投与時の従来剤と徐放剤の代謝動態の比較 −
永井五洋1、小野真吾2、三原一雄1、近藤毅1

1.琉球大学・精神病態医学分野 2.帝京大学医学部附属溝口病院精神神経科

【目的】 バルプロ酸(VPA)は各種てんかんの治療において有用な薬剤であるが、近年では双極性障害における気分安定薬としての適応も拡大され、精神科領域の薬物療法に頻用されている。本剤は一般的に安全に使用されうることが多いが、挙児可能年齢の女性に投与する場合には、稀ながらも重篤な副作用である催奇性の問題が無視できない。これまでの報告では、妊娠中の本剤投与は児に非特異的な形態異常の発生を増加させ、さらに、VPAに特異的な奇形として二分脊椎・無脳症などの神経管欠損が発生する危険性が指摘されている。
これまで、本剤の催奇性の増強には薬物動態学的因子が関与することが指摘されており、ヒトにおける臨床疫学的研究においては、VPAの奇形発現が血中濃度依存性に増加し、高投与量や高血中濃度は催奇性を増強する因子であることが報告されている。また、動物実験学的研究においても、急峻な血中濃度上昇への一過性暴露がVPAの催奇性を増強することが実証されている。
VPAは体内において大部分がグルクロン酸抱合により不活化されるが、一方において、通常の脂肪酸と同様にミトコンドリアにおけるβ酸化を受けるとともに、一部はミクロゾームにおける酸化過程を経て、複数の薬理活性を有す代謝産物が生じることが知られている。その中でも、不飽和代謝産物である2-propyl-4-pentenoic acid(4-en)は強い毒性を有し、VPAの催奇性への部分的関与が示唆されている。
近年、使用頻度の高いVPA徐放剤は、従来剤とほぼ同等の生物学的利用率を有しながら、最高血中濃度到達時間(Tmax)の延長および最高血中濃度(Cmax)の減少といった薬物動態学的特徴を有す。このような両剤型の差異は、毒性代謝産物である4-enへの移行も含めて、VPAの代謝動態に影響を及ぼす可能性がある。そこで、本研究では、薬物動態の異なるVPAの従来剤と徐放剤について、代謝動態学的観点から安全性の比較検討を行った。

【対象と方法】 本研究は弘前大学医学部倫理委員会で承認され、書面で同意を得た健常成人男性7名(年齢 31.6±5.1歳、体重 64.0±4.8 kg)を対象とした。VPA(800 mg)の従来剤と徐放剤は少なくとも2週間以上の間隔をおいて単回投与され、各剤型について投与後0−60 hにおけるVPAおよび不飽和代謝産物(2-en,3-en,4-en)、水酸化代謝産物(3-OH,4-OH,5-OH)の血中濃度をGC-MS法にて測定した。両剤型の薬物・代謝動態学的指標の比較にはpaired t-testを用いた。

【結果】 親薬剤であるVPAについては、徐放剤投与時においてCmaxは減少し(従来剤 93.9±26.3 → 徐放剤 53.5±20.9 μg/ml)、Tmaxは延長したが(1.3±0.5 → 10.1±2.5 h)、AUCには差はなかった。
代謝産物である4-en,4-OH,5-OHにおいては、親薬剤の薬物動態に呼応して、徐放剤投与時にはCmaxの減少(0.046±0.016 → 0.023±0.008,0.64±0.30 → 0.33±0.16,0.17±0.13 → 0.09±0.09 μg/ml)およびTmaxの延長(6.3±0.8 → 13.7±2.4,7.6±2.4 → 16.7±5.3,6.9±2.8 → 12.6±2.4 h)が認められ、AUC(0-60)およびAUC(0-∞)は徐放剤投与時に有意に低下した(p<0.05〜0.005)。対照的に、2-en, 3-en, 3-OHの濃度曲線は両剤型でほぼ同一の軌跡を描き、動態学的指標にも差はなかった。

【考察】 VPAの代謝産物は、ミトコンドリアにおける脂肪酸のβ酸化過程で生じる2-en,3-en,3-OHと、ミクロゾームにおける酸化過程で生じる4-en,4-OH,5-OHの2群に大別される。今回の結果からは、前者の代謝動態はVPAの剤型の差異による影響をまったく受けず、一方、後者の代謝動態は親薬剤であるVPAの血中動態に大きく依存し、徐放剤使用時にはこれらの代謝産物の生成が有意に減少することが判明した。
上記の代謝動態上の差異に関する説明として、まずは、VPAのβ酸化による代謝移行が、VPAの血中動態から独立して一定の代謝速度・容量にて行われるため、従来剤投与時における急激なVPAの濃度上昇には対応できず、容易に代謝許容量を超えてしまうことが推察される。このようなVPA過負荷によるβ酸化経路の飽和に際しては、代謝は一時的にミクロゾームでの酸化過程にシフトすることで代償され、結果として毒性代謝産物の4-enや4-OH, 5-OHの生成が増加してしまうという機序が考えられた。
したがって、VPA徐放剤は従来剤と比較して、VPA自体の急峻な血中濃度上昇を回避することにより、親薬剤自体の血中動態の安定化に寄与するとともに、本剤の代謝面においても、毒性代謝産物である4-enの生成を抑制するため、薬物・代謝動態学的観点からもより安全性が高いことが示唆された。


B A C K


Copyright(C) 2000-2001 The Japanese Society of Clinical Neuropsychopharmacology. All rights reserved.