アスペルガー症候群における脳内セロトニン・トランスポーター密度に関するPET用いた研究

中村 和彦1, 関根 吉統1, 尾内 康臣2, 辻井 正次3, 吉川 悦次4,
杉山 登志郎5, 土屋 賢治1, 鈴木 勝昭1, 三辺 義雄1, 武井 教使1, 森 則夫1

1) 浜松医科大学精神神経医学講座
2) 浜松医療センター先端医療技術センター
3) 中京大学社会学部
4) 浜松ホトニクス
5) あいち小児保健医療総合センター

【 目的 】
アスペルガー症候群は、長崎の幼児殺害事件からもわかるように、昨今注目を浴び、原因の解明や治療の確立が必要であるが、生物学的な研究が十分に行なわれていない。我々は今回セロトニン系に注目して研究を行なった。アスペルガー症候群を含む自閉症スペクトラム疾患とセロトニン神経系の異常については様々な研究報告があり、セロトニン系の異常は自閉症スペクトラム疾患の病態発生の中核に位置すると考えられている。しかしながら、これらセロトニン神経系の異常を示唆する報告は、血清・脳脊髄液分析などの間接的な手法を用いたものが主であり、直接脳内セロトニン神経系の状態をみたものはない。ところで、ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(PET)を用いたin vivo研究は、生きた状態での脳機能や神経細胞の状態を直接評価するのに有用である。そこで我々はPETを用いて、セロトニン神経終末の構成要素であるセロトニン・トランスポーター脳内密度を定量した。そして、アスペルガー症候群のセロトニン神経の状態を健常者と比較検討し、同疾患のセロトニン神経系の異常の有無を検索し、アスペルガー症候群の病態解明の一助となることを目的とした。

【 方法 】
対象はアスペルガー症候群12名 (全て男性)、および、性別、年齢の合致した健康健常者12名である。アスペルガー症候群のうち、その他の精神疾患、脳の器質的異常を有する者、重篤な身体疾患(甲状腺機能障害、免疫疾患などを含む)、および、精神科薬物療法を受けた既往のある者は除外した。 PET には頭部専用PETスキャナ (SHR12000、Hamamatsu Photonics KK、Hamamatsu、Japan) を用いた。トレーサにはセロトニン・トランスポーターへの選択性の高い[11C](+)McN5652を用いた。PET検査前にMRIを施行し、その画像上に10ヶ所の関心領域 (ROI: midbrain、thalamus、caudate、putamen、amygdala、prefrontal cortex、dorsolateral prefrontal cortex、orbitofrontal cortex、temporal cortex、cerebellar cortex) を設定した。370 MBqの[11C](+)McN5652を静注後、92分間、38フレーム (タイムフレーム:4×60秒、20×120秒、14×300秒) のスキャンを施行、その間、10秒から15分の間隔で動脈血漿を採取した。採取した血液サンプルはthin-layer chromatography および storage phosphorscreen bioimaging analyzerを用いて未代謝トレーサのレベルを測定した。その後、それぞれのROIをPET画像に重ね合わせることにより、各部位の時間放射能曲線を得た。これらの情報をもとに、2コンパートメント・3パラメーターモデルを用いて[11C](+)McN5652 distribution volume を算出し、セロトニン・トランスポーター密度の指標とした。
*倫理面への配慮
各研究施設において研究内容を十分に吟味し、倫理委員会の承認を得た。研究対象者に対して、十分なインフォームドコンセントを行い文書で保管した。

【 結果 】
セロトニン・トランスポーター密度について
アスペルガー症候群12例についてセロトニン・トランスポーター密度を測定した。アスペルガー症候群では健常者と比較して,中脳、基底核、大脳皮質を含む脳の広範な領域でセロトニン・トランスポーター密度が有意に低下していた。
(考察)
アスペルガー症候群を含む自閉症スペクトラムに関しては、セロトニンに関する異常が様々報告されている。SSRIが強迫症状、常同行為に有効であることからも、セロトニン機構に対する障害が伺える。セロトニントランスポーターについては最近注目され、セロトニントランスポーターの活性とプロモーター領域におけるSNPとの関連や、自閉症スペクトラムにおける相関研究が多々報告されている。また自閉症スペクトラムの脳におけるセロトニン生合成については、発達の段階で規則的に変化していく健常者と比べると年齢に伴う生合成の率の変化が異なるとの報告がある。我々は今回の結果からセロトニントランスポーターが、脳の各部位において活性が低下していることより、セロトニントランスポーターの障害が脳全般に存在し、神経発達の段階において、セロトニン神経細胞が適切に進展しなかったと推測した。このように、アスペルガー症候群においては、セロトニン機構全般に障害があることが、今回始めて明らかになった。セロトニン神経系は、感情を司っており、攻撃性・衝動性などに抑制的に作用し、これらの機能が障害された際に生じる症状がアスペルガー症候群に共通に認められる症状と一致する。またセロトニン機能の障害は、出生後から始まっていると考えられるので、今回の結果はアスペルガー症候群における、生後の脳の発達時期にセロトニン神経伝達を正常化するような治療薬の臨床薬理学的な開発にも有用であると考えられた。

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