| ドパミン関連遺伝子多型は覚せい剤精神病の治療予後の予測因子となる
氏家 寛1)、勝 強志1)、野村 晃1)、稲田俊也2)、原野睦生3)、小宮山徳太郎4)、山田光彦5)、関根吉統6)、曽良一郎7)、伊豫雅臣8)、尾崎紀夫9)
1) 岡山大学大学院精神神経病態、2)名古屋大学、3) 久留米大学、4) 国立武蔵病院、5) 昭和大学附属烏山病院、6) 浜松医科大学、7)東北大学、8) 千葉大学、9) 藤田保健衛生大学
薬物依存や薬物誘発性精神病の発症には薬理効果、社会環境因子、ホスト因子の3つが複合的に関わっている。ホスト因子としては性別、年令、教育歴などに加え、素因が重要と言われている。Kendlerらの双子研究から薬物依存が重症になるほど遺伝要因が強くなることが指摘されている。本邦で最も乱用されている覚せい剤(メタンフェタミン)は精神刺激薬に属するが、これの遺伝要因は非常に強く、推定遺伝率は70%強というデータもある。そこで、覚せい剤精神病患者のドパミン関連遺伝子の多型解析を、Japanese Genetic Initiatives for Drug Abuse (JGIDA) の多施設共同研究にて行い、遺伝子要因の解明、特に臨床症状や予後との相関研究を行った。
[対象と方法] 対象は169名の覚せい剤使用者で、うち依存症が153名、精神病合併者が140名である。診断以外に、覚せい剤初回使用年齢、初回使用から精神病発現までの潜時、治療後の精神病の予後、覚せい剤以外の多剤乱用の有無とその種類、いわゆるフラシュバックの有無も調査した。対照は年齢、性別、出身地を一致させた210名である。本研究は各施設の倫理委員会の承認を受け、被検者から書面での同意を得て行った。解析対象遺伝子には覚せい剤の一次作用部位であるdopamine transporterをコードするDAT1遺伝子、薬理効果発現に重要であるdopmaine 2-like受容体をコードするDRD2、DRD3、 DRD4遺伝子を選び、PCR-RFLP法およびシークエンス法にて解析した。
[結果] DAT1遺伝子では4つの多型を解析したが、そのうちの3'非翻訳領域VNTR多型の9リピート以下のアレルは精神病の強い遷延因子(治療後精神病が1ヶ月以上遷延する)であり、オッズ比4.24倍と非常に強いものであった。DRD2遺伝子のTaqIAの A1/A1遺伝型を有する場合は精神病発症までの潜時の短縮、精神病の遷延、フラッシュバックの合併においてすべて防禦因子であり(オッズ比はそれぞれ0.49、0.29、0.21倍)、一方、-141 Ins/Del多型のDelアレルは精神病発症までの潜時短縮の強い危険因子(オッズ比5.34倍)であった。DRD2遺伝子のSer311Cys多型(日本人統合失調症の危険因子であることが報告されている)、DRD3のSer9Gly多型(白人での統合失調症の弱い危険因子)、Novelty seekingに関わり、ヘロイン依存との相関が報告されているとされるDRD4遺伝子の-521C>T多型、48bpのVNTR多型は覚せい剤精神病、およびそその臨床特性との相関は示さなかった。
[まとめ] 今回、検討した多型の多くは機能性、すなわち転写率や蛋白翻訳に影響を与えるものである。DAT1遺伝子のVNTR多型は、ヒトでのPET研究において9リピートは10リピートよりdopamine transporter密度が少ないという報告、死後脳でのmRNAの発現量でも同様の報告、更にin vitroでの検討では7および9リピートは10および11リピートより転写率が低いという報告がある。DRD2遺伝子についてはTaqIAのA1アレルはD2受容体の発現が減少することは画像、電気生理の多くの研究で一致している。-141Ins/Del多型では、当初、Delアレルはin vitroの系で転写率が約半分になると報告されていたが、PETを用いたヒトでのin vivo研究ではDelアレルを有する個人はD2受容体密度が多いと報告されている。これらの多型の生理作用と今回の結果を合わせて考えると、D2受容体密度が増加するアレル、dopamine transporterが減少するアレルは予後の悪い危険因子であり、覚せい剤使用から3年以内に精神病が発現する危険性が約5倍、一旦、精神病が発症すると断薬し治療しても1ヶ月以上続く遷延型になる危険性が約4倍高くなることが示され、一方、 D2受容体密度が減少する遺伝子多型は予後が良い防禦因子、すなわち、3年以内の精神病発症危険率、精神病遷延化の危険率、難治で厄介なフラッシュバック合併危険率がそれぞれ、約1/2、1/3、1/5に下がることが明らかとなった。これらの値は、有名なアルツハイマー病発症の危険因子であるApoE遺伝子の?4アレルの危険度が約7倍というのを考えると、非常に強い因子であることがうかがえる。従って、これらの遺伝子多型は、個々人が覚せい剤を乱用した際の精神病の経過や治療予後の強力な予測因子になることが明らかになった。
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